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「いよいよですね」 後輩が何だかウキウキとした口調で話しかけてきた。 オレは何なのだか解らないが可愛い後輩の楽しげな雰囲気を感じるだけで嬉しくなり「そうだな」とニッコリ微笑んだ、と言うのはウソで、食べにくいにも程があるケンタッキーフライドチキンと激闘を繰り広げていたので黙殺した。 「先輩、聞いてるんですか」 「聞こえない」 「聞いてるじゃないですか」 「雰囲気で返答しただけだ。聞いちゃいない」 後輩は溜息をつきながらオレを見た。 「知らんぷりなんてヒドイですよ。目は閉じれるけど耳はそうはいかないんだから、聞こえてないはずはないですよねぇ」 「ソレは違うぞ」 とオレは言った。耳は閉じることが出来ないから周りの音は常に聞こえているのか、というとそう言うわけでもない。外を歩いていて、蝉の声や風の音は聞こえるのに、近くで自分を呼ぶ友人の声が聞こえないことだってある。他の感覚のことも考えてみろ、緑色だけが判別出来ない人もいるし、数字の「5」の存在だけ認識できなくなる人もいる、美女の名前だけは忘れない男もいれば異性のメールにしか返信しないヤツもいるではないか。だからオレの耳にお前の喋りが届いて無くても何の不思議もない。 「ははぁ、そういう現象があるのは解りますが……」 「そうだろう」 「でもやっぱり聞こえてるじゃないですか」 「それはそうと、何がいよいよなんだ」 オレのさりげない方向転換に呆れた顔をした後輩だったが、すぐに明るい顔をして何もなかったように喋りだした。 「何って、巨人の優勝ですよ、ゆ・う・しょ・う!」 「ギャラクティカマグナム!!」 叫んだオレの周りの景色が宇宙となり、無数の惑星が奔流となって後輩へ襲いかり黄泉へと誘った、と言うのは言い過ぎどころかウソ丸だしだが、オレの頭の中では本当に銀河が泣いて虹が砕けていた。 「そ、そうだな、はは、おめでたいことだ」 プルプル震える手でメロンソーダを飲みながら、オレは祝辞を述べた。そう、今日は移動日で試合はないが、巨人はマジックが1となったため明日にも優勝が決まるかもしれないのだ。カープファンであるオレにとっては地獄への扉が目前で開かれつつあるも同然である。 「あれ、でもお前阪神ファンだったろう。巨人優勝で嬉しいのか?」 「いや、もうどうでも良くなったんで楽しむことにしたんですよ。えーっと、言って見ればダウンタウンの松ちゃんと同じ感覚ですね」 そう言えば松本さんは、今年は巨人ファンになって応援する、と言っていた。ガキの使いのトークを聞いている者にとっては常識だが、松本さんはプロ野球に全然興味がないし、浜田さんが楽屋などでいつも野球話をするのを鬱陶しがっている。ファンどうこうというのは、もちろん高度な冗談の類だ。 「ああ、なるほど、プロ野球やら読売優勝やらで喜ぶ奴らを揶揄する姿勢ってわけだ」 オレは後輩が敵になったわけでないことを確認し、殺さずに済んだことを喜んだ。 「今シーズン、カープは頑張りましたよね。今週は広島で巨人に優勝させなかったし、負け越し数も少ないし、凄いですよ」 そうだろう、カープはすごいのだ、絶対目の前で優勝させないと言う気迫満ちあふれたあの試合運び、負けそうだった試合を土壇場でひっくり返すあの執念、「意地を見せてやる」というカード前の言葉通り、有言実行の野球戦士たちだ、わはは、とオレは高笑いをしたかったが後輩の手前、そうでもないんだよ、と冷静さを装いながら答え、そして続けた。 「こんな時期に意地とやらを見せても意味はないのだ」 そう、巨人が悔しがるわけでもないし、ヘラヘラと東京に帰って行くだけではないか。絶対優勝させないと意気込むカープと、出来ればホームで優勝したいと考える巨人との温度差は激しい。悲劇だ。巨人から、そして巨人ファンから見ればカープはライバルでさえない、ただの脇役になりさがっている。市民球場で優勝させないと意気込むカープやカープファンを、奴らは冷めた目でみつめていたに違いない。こんな悔しいことはないぞ。オレは後輩にそう静かに語った。 「そうですね、そういや所詮最下位争いしてるチームですもんね」 「なっ」 怒りで内臓が一個張り裂けそうになった。 「テレビでは金本の3・3・3がどうのこうのばっか特集して自分を慰めてるし」 「くっ」 悔しさで内臓が一個爆発した。 「考えて見ればあんまり凄くないですね。前言撤回します」 「は、阪神だってやっぱり最下位独走してるじゃないか。カープのことをどうこう言えないだろうっ。四月に一位になったときタイガースファンはカープは夏までで終わりだがうちは違うとかぬかしてたな。何て笑止なチームなんだ」 痛む内臓を押さえながら言葉の火炎放射を浴びせたが、 「阪神は良いんです。いつものことですから」 と、後輩は涼しい顔をしていた。 大悟した阪神ファンを相手に、広島ファンが勝つことは出来ない。彼らに何を言っても耳には届くが意識には触れない、痛みを心から締め出す術を心得ているのだ。そのことを、オレは知った。でもそんな悟りは要らない、とも思ったのだった。
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