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10月21日 『バトロワカープ』

 あのですね、どうも筆者の思惑とは裏腹にちょこっと書いてたバトロワ(カープ版)についての問い合わせが多いんですよ。ここ3ヶ月の間、うちに来るメールの7割以上がこの話題なんです。具体的に数字を挙げると、4通のうち3通(7割5分)ね。――いや、ホント、他のサイトは知らないけどうちはほら、メール少ないから。けっこう返事も滞納するし(ごめんなさい)。
 それで数少ないメールで「バトロワってどこにあるんですか」とか「続きは書かないんですか」とか聞かれるとね、もう胸が痛くなるんですよ。ドリルで胸筋掘られてるみたいな痛さね。いや、掘られたことないからわかんないけど、多分そんな感じなんです。僕はね、言いたいんです。ごめんなさい、と。そうそうホイホイ書けるほど僕には文才ないんです、と。他のもの書いてて余力でこっちも、とかが出来ないやつなんです。シングルタスクなんですわ。
 ま、質問への答えとしては、どこにあるかは内緒です。あれってほら、選手の名前使ってるじゃないですか。あ、いや、同姓同名の別人ですけどね。でも選手の名前でやってると、何かあったとき困るじゃないですか。なのでひっそりと置いておきます。
 続きは書きます。ひっそりと。でもドラフトあるし今年中には終わらせておきたいですよね。メンバー的に。

 あとね、「あれって2ちゃんねるの巨人とか中日のバトルロワイアルのマネなんですか」なんて言ってくる人もいたんですよ。もうね、アホかと。バカかと(吉野家コピペ)。この俺様が2ちゃん野球板のパクリなんかするわけーだろ。もう腹立たしくて仕方がありません。

 俺がパクったのはここやっちゅーねん!

 海(2ちゃん)は広いな大きいな。

 あ、20万HITありがとうございます。
 夢の222222hitまであともう少し。頑張ります。


10月15日 『ヒカルの今碁』

 前週まで『イスミの碁』ってやってたじゃないですか。あのキャラ好きなんで再登場して嬉しかったんですよね。え、あのキャラが何で好きかって? 何言ってるんですか、カッコイイの一言じゃないっすか! プロ試験編での越智に対する「黙れ」の一言。年下のガキを脅して勝ちを拾う! なんつーの、目で殺す? もう大好き。

 まぁそれも終わって主人公のヒカルの話に戻って来たんですけどね、まだ落ち込んだままで何の進展もないですね。三谷と藤崎が出てきたけど今週は顔見せだけだったって感じだし。引っ張るねぇ。最初の頃は怒涛の展開だったのに、連載長くなるとジャンプ編集部の引き伸ばし作戦発動で間延びするんですかね。まぁ必要な「ため」ですけどね。次週は話が進むんでしょう。続きが気になるからはよ先進めっちゅーねん(作者の思う壺)。
 僕の予想は、あれだ、佐為に似た女の子でも出てくるんじゃねーの(うわ、ジャンプ的! ちょっと恥ずかしい)。いや、佐為は女性に間違えられてたらしいし、素直に復活させるのもあれだし。でも和谷似の中国人出しちゃったからねぇ。無理か。
 囲碁に興味なかったヒカルが大会で真剣に打ってる子供たちを見て感動したって描写が初期にありましたし、三谷たちが囲碁大会に参加してるのを見て碁打ちの情熱を取り戻すって展開かな。無難過ぎるけど。
 てなわけで、早く話が進まんかなぁとジャンプを呼んでて思いました。

 まぁね、そんなことホントはどーでも良くて、今週の見所は扉絵、これだね。藤崎あかりさんね。少年おやじばっか出てくるんでたまにはこういうのもないと。少年雑誌なんだし!


10月14日 『ナリ助と愉快な仲間たち』

 グインサーガの最新刊(81巻)を買って来ました。
 知らない人のために説明しておくと、グインサーガという小説は100巻完結をうたい文句に「異世界三国志」を目指して書かれ、その重厚な文章力、圧倒的な構成力でファンの心をわしづかみにした架空歴史大河小説(SF、ファンタジー風味)です。しかし、いくら異世界の物語とは言え、登場人物総ヤオイ化という異次元小説になろうとは、誰が予想したでしょうか。シリーズものを長く続けるとろくなことがない、という生きた見本のような小説です。

「まだこんなん買っとったんかい!」と言いたい人もいるかもしれませんが、世の中には「毒食らわば皿まで」という言葉がございます。私は最後までグインを見守り続けます(おそらく完結しないだろうから、作者がいなくなるまで)。

 ナリスとヴァレリウスがまたなんか話してました。
 この二人は知略に優れた人物と定義されていまして、三国志で言えば諸葛亮と周瑜のはずです。だーがしかしだがしかし、初っ端はライバルだったはずなのにいつの間にやらゴニョゴニョな感情が芽生え、二人の世界へれっつらごー、なバカップルに変貌。何というか、オリジナル小説の中に同人誌混入、みたいな一粒で二度吐き捨てるお得仕様にグインサーガはなっているようです。
 しかし彼ら、まーた同じ話ばかり繰り返しやがって、お前ら倦怠期のバカップルかい! とあきれ返りたくなる会話をまたもやしておりました。要約すると、

「ぼくグインに逢いたいナリよ!」
「何を仰るのですそのような体で云々」
「グインに逢えたら死んでもいいナリよ!」
「何を仰るのです、それならばわたくしめが云々」
「グインに逢えたキミが羨ましいナリ」

 グインというのは、この小説の登場人物全員(老若男女問わず)から狙われているモテモテ主人公(豹頭)です。
 実はですね、「同じ会話ばかり」と言っているのはですね、50巻を越えたあたりから、どうも作者さん「コピー&ペースト」の使い方を覚えたらしく似たような会話が頻出してるんですよ。3ページかけて説明した内容を10ページ後にご丁寧にもう一度説明してくれます。前の巻を買ってない人のために、次巻の方でも、そのまた次の巻でも、同じ事をご丁寧にさらに詳しく解説してくれちゃったりもするのです。「健忘症の人も問題なし!」な安全設計を心がけている栗本薫さん。皆さんも見習いましょう(反面教師です)。
 ページを捲るとき間違えて二、三枚めくっても物語を理解するという点についてはさしつかえございません。

 イシュトの右往左往ぶりも要らないけど後半パロ王が楽しんでたんで良しとしよう、とか、ヤンダルの小物ぶりがいかんなく発揮されてるなぁこの最新刊、とか、話題の尽きない『魔界の刻印』ですが、見所は「うらみはらさでおくべきかーっ!」なレムスくんです。
 このレムスくんという登場人物は、物語の中で非常に重要な位置をしめているはずだった若き少年王なのですが、少年の不倶戴天の敵キャラが作者のご贔屓の超絶美形ナリス様だったために長きにわたり無視され続けていた存在です。巻数で言うと50巻くらいシカトされてました。
 久々に登場したと思ったら、既に取り返しのつかない性格に改変されており「この恨み節がレムスの最後の見せ場なんでレムスファン必見よ!」と言う作者の意図が見え隠れしてて読者離れのさらなる加速が予想されます。
 私はレムスファンなので、このままヤンダル撤退、レムスがナリ助を踏み潰す怒涛の展開を強く希望します。有り得ませんけどね。

 しかし、いまだにグインサーガなんて読んでる人どのくらいいるのでしょう。実は本屋でも新刊置くスペースがどんどん狭くなってます。以前は3×2で山積みだったのに今は一山です。
 そんなこんなで絶滅危惧種に指定されそうな私たちグイン読者ですが、いつか昔のようなグインサーガに戻るのではないかと夢想しながら儚い余生を送りたいと思います。何だかんだ言っても、今回は特に続きが気になってますしね。


10月8日 『時間が足りない』

 細々と更新を続けてはいるが、実は私はとても忙しく、本当ならばこのようなへっぽこサイトに関わっている暇はない。三連休であり本来一週間の疲れを癒さなければならないのに、そんなこととは関係なくするべきことがひっきりなしに襲ってきていたのだ。
 今日も正午を過ぎてから目覚めた私は、顔を洗い、歯を磨き、昼食をとり、カープの試合をテレビで観戦しながら昼寝をし、気づいたらそのまま夜を迎えていたので夕食を摂取した後はすぐに眠っている。他の事をやる時間などありはしなかった。「寝てばかりじゃないか」と言う声もあろうが、私は自らがどのような状況にあろうと思索することを中断したりはしないので、当然睡眠中も様々な思索に耽っている。なまけて寝ているわけではない。これは覚醒時に私の意識が朦朧としていたことから判断できる。思索のし過ぎで脳の機能が低下していたのだろう。

 しかし、そのような状態にあろうとも、私はこのサイトを更新している。あまりの忙しさで疲労の極地にありながらも、更新しているのだ。文字通り、命を削ってサイト運営をしている。その証拠に、私はいずれ確実に死ぬだろう(遅くとも80年後には)。
「何故そのような生き方しか出来ないのですか!」
 と、悲痛な叫びをあげている田中真紀子大臣のファンもいるだろうが、もちろんそれと私とは関係がない。

 もっとゆとりを持って生活したいものだ、と私は常々思っている。そのためにも、やはり昼寝は一日三時間までにした方が良いかもしれない。


10月6日 『鍛錬ト云フ事』

 秋である。
 夏の訪れを感じたとき、私は自らの肉体を鋼のように鍛え上げようと、前腕二頭筋、大胸筋、腹筋、背筋、括約筋などあらゆる部位の筋肉トレーニングを行うことを決心した、とこのニッキにも書いたことがある。
 その甲斐あってか、はたまた自己鍛錬の賜物か、その後会った友人に「あ、ほんとにたくましくなってるね」とよく言われるようになった。服の上からでも分かるくらい、身体のサイズが一回り大きくなっていた様である。
 これこそ最大のご褒美であろう。
 こんな言葉を聞くために、私は食事を制限し(やはりタンパク質を摂らねば、と肉ばかり食った)、スナック菓子はもちろん間食などはせず(一日五食で耐え忍んだ)、毎日五時間に及ぶ筋肉トレーニングを行ったような気分になってぐっすりと身体を休めていたのだ。
 二の腕、胸囲、胴囲、太ももなど、ありとあらゆる部位のサイズが一回り大きくなった。体重も増えていたが、私が目指していたのはダイエットではなく身体を鍛えることであり筋肉がつけば自然と体重は増えるのであるから、問題はない。気になるのは二重顎になってしまったことと、体脂肪率が跳ね上がっていることだが、まぁそれは瑣末な事柄に違いない。

 しかし筋トレだけをしていてもつまらない。第二ステップに移らなければいけない。何かの目的のために身体を鍛えた方が長続きするのは、おそらく真実だろうからだ。
 どうしたら良いだろう、と私は三秒ほど唸ったが、やはり男ならば少しでもかじったことのある格闘技に磨きをかけ、精進を重ねよう、と結論付けた。そうなると何の格闘技を選ぶか――やはりグレイシー柔術だろうか。
 私にグレイシー柔術の心得があることは、誰も知らない。もちろん私自身も知らなかった。テレビでヒクソンの闘う姿を見て感動し、自分もあのような男になりたいと強く思ってすぐさま腕立て伏せを20回行った経験すらない。故に柔術を身に付けることは不可能なので、多少の情報を聞き及んでいるボクシングをすることにした。しかし私は平和主義者であり、憎くも無い相手をぶちのめすことなど出来そうもないので(ぶちのめされるのは得意だが)、フィットネスクラブで綺麗なお姉さんがインストラクターをやっているボクササイズ、コンバット体操などに顔を出すことを決意したのであった。

 このような決意をして二週間になるが、たったそれだけの期間なのに、私の格闘能力は格段に向上した、と断言出来る。その証拠に、私の目にはインストラクターのお姉さんの胸のゆれ、脚線の動きなどがまるでスローモーションのように見えるようになった。身体を動かすことなどそっちのけでインストラクターをジッと見つめていたので、動体視力だけが上がったのだ。
 鍛錬を重ね、見違えるように変わっていく私の肉体。
 もしかしたら、今度友人に会った時は私だと気づいて貰えないほどに、変身しているかもしれない(脂肪のかたまりに)。


10月5日 『なぞなぞ』

「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何?」

 個人サイトのこと。
 サイト管理者ってものは、発足当初はコンテンツを沢山作ってやろうとコーナーを色々作ります。しかし数ヶ月たってもほとんどが工事中なので更新できる範囲のコーナーだけを残してシェイプアップ。そんなこんなで長く続けていると少しだけコーナーが増えたりします。

 このなぞなぞの答えは皆さんご存知の通り「人間」なのですが、それだけにとどまらず、実は世にある現象をスマートにモデル化しているのです。適用範囲は広いですね。叡智の塊がなぞなぞと言う媒体を通して後世に伝えられたものと考えられます。4、2、3などの数字は瑣末な事柄に過ぎません。

 このサイトを読んでいる人には釈迦に説法ですが、一応書いておきますね。

 もちろんホラ話です。


10月4日 『現実とは何でしょう』

「現実とは何かと考える瞬間にだけ、人間の思考に現われる幻想だ。普段はそんなもの存在しない」

 てなわけで、『すべてがFになる』のマンガがいつの間にか出ていたので買って来ました。絵柄がサイコっぽいですね。意外と気に入りました。うまくまとめていて、原作の雰囲気を壊さず、過不足なく伝えていると思いますよ。気になったのは犀川先生の髪型(ツンツンヘア)だけです。


 先日のニッキを見て私のことが「つかめない」と仰る方がいました。何かを書いたと思ったら次の行で全く逆のことを書いているからどれが本当の事なのかが分からない、のだそうです。
 私は憤慨しました。
 これほどまでに論理的に記述しているサイトなんて珍しいですよ。支離滅裂という言葉から最も縁遠いページと言っても過言ではないはずです。それを証明するためにも、過去の文章を引用して説明しなければいけませんね。ちょっと自分の文章を再読してきます。

(再読中)

 ――ごめんなさい(小声で)。

 いや、でもですね、うちのサイトを見て僕の性格が掴めたら、多分心理学者になれるのではないでしょうか。自分が心理学者だとか工学者だとかネットアイドルだとか自称するのは自由自在だからです。しかし本当に分析されたらどんな結果が出るんでしょうね。
 サイトの文章を見て現実の私を類推することなど出来ないでしょう。大体現実って何でしょうね。上記の犀川先生の言葉ではありませんが、「現実の志賀」なんて存在はそれを考えている人の思考に現われる幻でしかありません。
「自分」とは何でしょう。本当の自分探しなんて言葉がありますが、これは「本当の自分」と言う幻を生み出す作業のことです。
 自分に対する他者の認識と自らの認識を一致させようとする作業がどれだけ不毛なことなのか、誰しも理解しているはずなのですが、それでもなお「自分を知って欲しい」と思うことをやめないのは何故なんでしょう。人は他者からの干渉を受けたい、と思う心をなくすことは出来ないのでしょうか。
 まぁ、言っておかないといけないのは、他人(及び自分)のことを知ろうとすること、理解しようとすることは無駄なことではなく大事なことだってことです。「分かり合ったような気になること」で人間関係は作られます。

 話がそれてますが、つまり、私がどのような人間なのか知ろうとするのは不毛です。だってですね、「志賀」ってのは個人名じゃなくてグループ名ですから。

 このサイトの文章を実は複数人で書いているのだ、ってことを見破ってた人、います?
 ……え、マジでいるんですか!?
 すごい!
 分からないと思ったんだけどなぁ……。
 その論理的文章把握能力に敬意を表します。
 なので病院に行って下さい(グループ名ってのは勿論ウソです)。

 ぶっちゃけた話、どれが本当の志賀か分からないと言っても、どれも本当のボクなんですよ。実はうちのサイトにはほとんどウソって書いてないんです。
 例えばですね、
・ボクには彼女がいます。
・でも、いないです。
 こんな二つの文章が書いてあったとしても、相反する表現ではないのですよ。真実をほんの少し隠しているだけなのです。

 ちなみに私の尊敬する人物はライアー土屋(お茶の水大の土屋賢二教授)とほら吹きクバート(アルスラーン戦記)です。


10月2日 『アナタを知りたい』

「イメージしてたのと違いますね」
「簡単に他人に想像されるほどシンプルな人格をしているつもりはありませんから」

 もしオフで初めて会った時、そのような発言(イメージと違う云々)をする人がいたら、その人はネット初心者か性格がわがまま(いわゆるジコチュー)かのどちらかです。少し話をしただけで相手の人格を把握できたと思い込むのでしょう。物事を単純化して本質を把握することは思考法として正しいことですが、このような場合は大抵把握した気になっているだけで、つまり間違ってます。海面上の氷山の一角を見てコレが全体像だと思い込むくらい危険なことですね。
 これは別にネット上の付き合いに限ったことでもなく、「お前がそんなやつだとは思わなかった」なんてドラマに出てくるようなセリフを吐く相手に適用できます。沈黙を守り頭の中で折り合いをつければ良いのに。そう口に出さなければ自らの考えを修正していくことが出来ないのでしょうか。不可解でなりません。

 つまり何が言いたいのかと言うと、アナタもボクにオフで会った時には「この人はもっさい外見をしていて、愚鈍で、つまらない話術しか持っていないように見えるけど、実は明晰な頭脳を持つ天才なのかもしれない。でもシャイなんだ、かわいー」と良い方向へ想像の翼を広げて下さい、ってことです。「ああ、この人は女と金のことしか考えてない煩悩大魔人なんだな」などと本質を把握してはいけません。


10月1日 『人格』

 ネット上で出会った人と実際に(つまりオフ会などで)会ったとき「文章から想像していたのと違うな〜」なんて印象を持った経験がある人は多いと思う。
 これは、実際の自分とは違う人格になりすましている人が多いからだ。注意深く、あるいは長く(ネット上でだけでも)付き合っていれば意外に本性が分かってくるものである。しかし二、三回メールをやり取りしただけとか、その程度だと「装っている相手」を本物だと信じ込むこともあるのだ。

 当たり前の話だが、私もネット上では違う自分になりすましている。

 モテないモテないと事あるごとにアピールしてきたが、実は女性と付き合ったことが三度ある。奇しくも年上、同い年、年下と網羅してたりもする。本当はクリスマスを一人で過ごした覚えなどない。バレンタインデーでも毎年三、四個は頂く(義理を含めれば。本命チョコなんて彼女からの一個しか貰えないけど)。今まで非モテを装って来たのは、本当のことを書くとかえってウソっぽくなるし(モテねぇくせに見栄張りやがって、とか)、訪問者の共感も得られないからだ(誰が他人のノロケ話など聞きたいものか)。
 そう、ハッキリ言ってしまえば、モテない男を装うのが楽しかったのだ。私は、彼女がいなくてとても寂しいとか困るとか、そんな状態になったことがない。だからネット上ではモテない男になりたかったのである。
 今回、真実をぶっちゃけたのは、私のそのような時代はもう終わりにしようと心に決めたからだ。これからは日記には本当のことを書きたい。例えば、今日の晩御飯は現在の彼女であるサークルの後輩の手作り料理をいただいたとか(もちろん二人きりでだ)、電車の中でたまたま隣席になった女子高生と携帯番号を交換したとか(ちなみに私の通学時間は片道70分だ)、そのような事実を赤裸々に語っていきたい。



 と、このように、さすがに最後のあたりで気づく人も多いと思うけど、以上の文章は「非モテを装って来ましたが、実はウソで人並みに男女の恋の駆け引きをエンジョイしてるんです、とぶっちゃけた男」を装っているわけです。
 ほんの少しでも信じたアナタは、読解力と共に曲解力をも兼ね備えているので、気をつけたほうが良いです。
 ネット上の人格を簡単に信じちゃダメですよ。
 みんなウソばっか言ってるんですから。

 ま、最後に一つだけ真実を書いておきます。

 ボクはこんな歳になってますが、全然モテなくて会話をしてくれる女性さえ一人も現われないため、いまだに童貞です。





 ――え、信じちゃった?

 ――あ、さすがに大丈夫か


9月29日 『珠玉の短編集』

 私は先ほどまで開いていた本をそっと閉じた。
 ストーリィを振り返りながら、物思いに耽る。

 涙が出ていた。

 この本は、男女の愛情について書かれていた。連作短編集である。徐々に育てていく愛情、突然胸の奥から発現する強い想い、家族愛、兄弟愛、そして男女間の友情。絆を淡々と、そして多彩に描写していた。
 中でもボクが心ひかれたのは、年月を経て再開する高校時代の同級生同士の話である。私は少年のときのような、純粋な気持ちが胸に浮かんでくるのを抑え切れなかった。中高時代、修学旅行で「好きなやついる?」と訊かれた時のために、カワイイと思った同級生を好きになろうと努力したことを思い出す。
 そんなことを脳裏に浮かべながら、私は『ふたりエッチ』の最新刊を本棚に納めて床に就いた。

 涙が出ていた。

 杏子さん(30歳)のロストバージンの話が入っていなかったからだ。


9月19日 『六人の超電波科学者』

「長瀬ちゃん、電波届いた?」
「まず電波の定義を述べてよ瑠璃子さん」

 ようやく気づいたんですけど。
 もしかして森博嗣の『黒猫の三角』以降のシリーズって昔の話なんですか? ネットで調べてみたら、皆さん当然のごとく気づいていらっしゃったみたいで。新刊で瀬在丸さんが述べておられる技術論を読んでようやく分かったボクって一体……。やはり速読(と言うより読み飛ばし)はいけませんかね。
 そうなんですか。「へっ君=犀川先生」なんですか。いや、まいった。ミステリィファンってスゴイです。

 新シリーズってあまり好きじゃなかったんですけど、前巻の「恋恋蓮歩」あたりから結構面白くなってきました。キャラに慣れて来たんですかね。最初から読み返してみると、また違った感想が生まれるかも。
 今度再読してみます。